自然エネルギーの普及、環境対策の一環として
「電気運搬船」という新しい事業が注目を浴びています。
今回は、現役機関士の視点から電気運搬船について説明していきたいと思います。
電気運搬船とは
電気運搬船の概略
電気推進船は株式会社パワーエックス(PowerX)が掲げている新規事業で、
コンテナ型の蓄電池に電気を貯めて船で「電気を運ぶ」という発想です。
これはつまり、船を海底ケーブルの代わりに利用することで
洋上風力発電設備から電気を送るということになります。
これにより、従来ではコストの問題で海底ケーブルを敷設することが困難であった海域にも風力発電設備をつくることができるという狙いがあります。
電気運搬船の完成イメージ
こちらが電気運搬船の完成イメージとして公開されているものです。
甲板上にコンテナ型の蓄電池を設置して運ぶ船という設計思想が良く分かります。
「こんなに船橋(ブリッジ)が短かったら岸壁につけるとき何も見えないだろ!」
とか色々と突っ込むポイントはあるんですが、
これはあくまでも未来予想図で、車でいうところのコンセプトカーなので細かい所は気にしないことにしましょう。
電気運搬船の問題点
さて、ここまでで説明したように
電気運搬船という新しい事業が考えられていますが、
この事業はしっかり成功するのでしょうか?
最先端のバッテリー性能や寿命などには詳しくありませんし、
電気を蓄電池で運ぶ際のエネルギーロスや効率についても詳しいことが分かりませんのでコスト的な面での議論は避けたいと思いますが、
現役機関士の視点から電気運搬船の問題点を書き出してみたいと思います。
洋上風力発電設備への係留方法
電気運搬船では洋上風力発電を多数設置して、
これまで有効活用されてこなかった風力を利用することが考えられています。
洋上風力発電設備と船の間にケーブルを接続することで、
洋上風力発電設備で発電された電気を供給するという仕組みのようです。
ここで問題となるのが、どのようにして洋上風力発電設備に船舶を係留するのかという点です。
海底ケーブルを使用している場合には上で示した写真のように
ずらっと洋上風力発電を並べるだけで問題がありませんが、
今回電気運搬船で構想されているように船舶をケーブルで接続する場合には
船を係留するための設備(シーバース)を設ける必要がでてきます。
シーバースには船を係留するときの綱取り役として作業員を常駐させる必要があるかもしれません。
また、電気運搬船の説明では海底ケーブルが必要ないということが繰り返しアピールされていますが、
実際には複数の洋上風力発電設備からシーバースまで電力を供給するためのケーブルが必要にもなります。
そのため、コスト面や運用面で大きな影響を与えます。
強風時の安全性
電気運搬船を利用することで陸地から遠く離れた風の強い地点に洋上風力発電設備を設置するということが今回の事業の利点です。
しかし、そもそも強風が発生する地点で船舶を係留することには危険を伴います。
風が強い地点で係留をしていると係留索が破断して事故が発生する可能性がありますし、
風に流されて洋上風力発電設備に衝突するといった事態に発展することも想定されます。
船が安全に係留できる地点と洋上風力発電を効率的に運用できる地点は相反するのではないかと考えられます。
保守点検の困難さ
現在洋上風力発電設備の多くは陸地から30km以内の海域に設置されています。
これらの風力発電設備でさえ、保守点検のコストや負担が問題視されています。
一方で今回電気運搬船を利用する洋上風力発電設備は陸地から100km以上離れた海域をターゲットとしています。
そのため、これらの風力発電設備を保守点検する際には多額のコストや負担がかかることが想定されます。
蓄電池の電気を全て活用できない
コンテナ型蓄電池に充電された電気は船を動かすための電気としても用いることができ、
電気運搬船は自然エネルギーだけで運用することのできる非常にエコな事業であると言えます。
しかし、よく考えてみるとこの船を自然エネルギーだけで運用するためには
洋上風力発電設備⇒陸地に向かう航路だけではなく、
陸地⇒洋上風力発電設備に向かうときにも電気を使用する必要があり、
せっかく陸地まで運んだ電気の全てを利用することはできません。
つまり電気運搬の効率が大幅に低下することになります。
電気運搬船はクリーンディーゼルを利用して推進することも可能なため、
「陸地⇒洋上風力発電設備に向かうときには燃料油を使用すればいいのではないか」
という意見もあると思いますがその場合には燃料油を使用することによる環境負荷の影響が発生してしまうため、
何のために自然エネルギーを運んでいるのか良く分からなくなってしまいます。
コンテナ型発電機で代用可能
上で述べたように、仮に電気を運ぶ過程で燃料油を使用することになったとしても
「発展途上国や被災地などに電気を送ることができる」
という大きなメリットがあります。
しかし、実は世の中には「コンテナ型発電機」というものがあり、
わざわざ充電したコンテナ型蓄電池を運ばなくても
コンテナ型発電機を運んでしまえば燃料を利用して継続的に発電を行うことができます。
(三菱重工 | コンテナ型の1,500kWガスエンジン発電設備「MEGANINJA」 )
まとめ
ここまであえて辛口で電気運搬船の評価をしてみましたが、
新しい技術、事業を始めるためには
こういったネガティブな意見を跳ねのけて進むことが大切です。
これらの問題点を解決し、
電気運搬船がどのような未来を切り開くのか
これからも楽しみに注目していきたいと思います。
ここまで読んでいただきありがとうございました!